人のくらしに密接していた質屋

最近の質屋というと全国展開しているような、そういう大きなところですが、私は質屋と聞くと昭和の小説に出てくるような質屋を思い出します。

中古ブランド品の販売会社、ではなく、もっと人の生活と密接にあった質屋です。

今でこそそれほど密接な関係ではなくなってしまった質屋ですが、昭和の頃の大衆小説では本当に良く出てきました。

特に私は大衆小説が好きなので、余計に登場したのかもしれません。

「女房を質に入れても初鰹」という江戸時代の川柳が残されているくらいに、質屋というのは庶民の生活に根付いたもので、かつての室草といえば手持ちの生活品でした。

本当に人を質に、ということはなかったようですが、お金に困ったら質屋と歌われるくらいには生活に根付いた金融だったのは確かです。

時代は流れ、質屋も質草の種類も随分と変わってきました。

人々の生活が豊かになり、生活品などは安価で購入できるようになった今では、質屋に入れる質草といえば高級ブランド品や宝飾品といった、所謂「贅沢品」といわれるものになっています。

質草が生活品から贅沢品へ変わっていったことで、人々の生活に根付いていた質屋は離れていきました。

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ですが完全に離れたわけではなく、まだまだ身近な存在として質屋はあります。

寧ろ、質屋が私たちの生活に根付く日がまた来るのではないか、と私は考えています。

質屋が私たちの生活に根付く世の中。

そうなったら、憧れていたわけではありませんが、小説の世界のようで少しだけわくわくします。